「日常のフローチャート」

加筆分第39回読んで、



これもう、これからは年1でも新作出る方が珍しいというフェーズに本格的に突入したのでは?
いよいよ出版を「減らす」というより
「逐次休止する」「たまに再開する」感じなのかなって。


去年「つむじ風」でも書いてたけど、相変わらず執筆はまったくしていないみたいだし、
これはまぁ私の超勝手な解釈だけど、
現状、執筆に面白味をまったく感じてなさそうな雰囲気を感じた。
今までもイヤイヤやってるとは言ってたけど、
今回の語り具合、本当にやることはやっちゃった、みたいな、
その上、まる1年小説を執筆しなかったことで興味関心というか、繋がりというか、そういうものが「途切れた」みたいなテンションに思えてしまって……(まじで個人の解釈です)


加筆分第39回「作家(仕事)を引退しました」
"ミステリィの読者は、この安楽の時間を求めているのだな、と再確認した。ただ、僕はもうそういうものを提供できない。誰か別の人に提供してもらう側になった。"


海外ドラマをよく見るというところでも、
"自分がミステリィを書く仕事をしていたら、これほど楽しめなかっただろう、と思う。つい、創作のことを考えてしまうからだ。今は、その心配がないので、フィクションの世界にすんなりと入ることができる。"

っていうのが、なんか結構、
以前はなんやかんやと言いながらも、「作る側でいる」スタンスだった先生の印象から、ガクッとギアが落ちてる印象というか……

"残りの人生は、インプットという気楽な楽しさに浸り、アウトプットの醍醐味は、主として工作で味わいたい。"
とかも、まぁ前から似たようなことはずっと言ってはいるけど(笑)
なんだろう……

多分つむじ風の最後の一行が「もう、いいでしょう?」だったのもあって、
"ここ十年ほど、引退すると言い続け、きちんと根回ししてきたつもりである。"
ってのが、出版社や読者への義理はもう十分通して、実際に辞めてもいいと思えるレベルまできた、満タンになった感、みたいな……


と、思っておいた方が、いいかなって。

まぁそれも読者としては、実際ずっと言われてきたので分かってはいることだけど、
ただWWやXXはまぁ百万歩譲っていいとしても、(よくない)
「ωの悲劇」はまだこちとら割とテンション高めに待ち焦がれてんだけどな……
というのは個人的にあるので、
そこだけはお願いします……とそこはかとなく祈っておきたい……