リアルの私はどこにいる? 感想⑤

2周目終わっての感想、
というか超絶個人的な雑談および妄想。



クソ長文。もはや自分用メモです。 
 

共通思考の印象ちょっと変わった。


結局、クラーラが自殺した心理ってのが、
いまいち想像出来なかったなぁ。
自分はウォーカロンで、でも自分をプロトタイプとした人工人格は、自分を人間だと思っていて、
その人格が、ヴァーチャルから、トランスファを介して自分にログインしてくる、
ってことですよね?
うーん、まぁ、気持ち悪いというか、やる方ないというか、悲惨といえば悲惨だけど……。

それ以前に、自殺する人の心情を安易に「分かる」とか言いたくないし、
ご本人のみぞ知るってことになるよね……。


でもそれが、人類が共通思考に達すれば、
「本人」とか「のみぞ知る」がなくなって、
融合する……んでしょうね?多分。

そうなったら確かに、
「どこからが意識なのか?」
「人間とはなんなのか?」
ってことになりますね、はい。
そういう、あれですかね、はい。(適当)


ところで、話は飛びますが、
今回の話でチョロっと出た、気になるところを、
妄想で爆発増強させたいんですけど、
「ミチルの脳を回収したシキは、クローンで復活させているだろう」
からの、
「代替ボディへのインストールでもいける」
みたいな言及ありましたね、
これが今後、拾われるのか、拾われないのか、どうなのか。

例えば回収した脳のアルゴリズムなのかゴリラリズムなのか何某かを読み取るなどして、
それをクローンだかウォーカロンだかにオーバーライトしたら、ニューミチルの出来上がり⭐︎
って前振りなの?振られたの?
クローンだろうがウォーカロンだろうが、四季には本当関係ないよな。
瑣末なことは歯牙にも掛けないで、
実現できるならなんでもやるもんねきっと。

いやそんなんどうでもいいくらい、
本編が広がりをみせているのは承知してるんですが、
私は下世話な人間なので、
気になるものは気になります。(堂々)


そしてやっぱり、百年前のキョートの件なんですけど、
まじで、ケン・ヨウ、なんでそこピンポイントで見せたわけ?
いくら彼がウォーカロン関連の人(ロボット?)だとしてもよ?
それをわざわざクラーラに見せるの、ちょっと飛びすぎじゃないですか?
しかも事件の情報も割と知ってたしな。
そこまで興味もつ?
殺人現場に連れてくって、あなたどういうご趣味?
つーか私が見たいけど見たくないのは、
「その先」なんですよ、もう、頭ないのは知ってるんで、そこからの???っていう。
こちとらその辺のことには、かなり敏感なんで、
興味本位でそんな、されても、まじで、おい。(もはや言葉がみつからん)

これが、伏線なら……というかもう伏せてないよねこれダイレクトだよね、
これを拾うってなったらもう、今までみたいな思わせぶりって逆に不可能じゃないですか?
もうどう触れてもダイレクトになりません?
0か100かになりません?知らんけど。

この2つ、シキが脳を復活させる&キョートの件が、
もし今後触れられる時がきたら、
もう私は木端微塵に爆発四散してそのままトランスファに転職します。


でもなぁ………

ないよなぁ~~~~~~~~~~~~~~

ないと思う。
なんか、
「庭に温泉湧かねえかなぁ~~湧かねえなぁ~~」
くらいのやつですね。


まぁそれは、それで。


ほんで別件で今回の、
「ヴァーチャルでは、元が人間かウォーカロンかは差がなくなる」とか、
「ヴァーチャルで生まれた人格は、いけないものなのか?」とか、
「人形を動かすうちに、自身になった」とか、
人間か、人間じゃないのか、ってやつ、
この感覚なんだっけかなあー?って他作品パラ見したら、
あれですよね、
赤目姫でも「人間と人形の違い」みたいので延々と論争みたいなやつありますね。
もう今更言ってもあれだけど、
やっぱり赤目姫は、ヴァーチャルの世界を描いてんだなぁーと思いました。
それはもうWでトランスファが出たあたりから言われてたしもう本当今更改めてもしょうがないですけど、

ほーーーーーーーんと赤目姫、

ここまでこないと何なのか分からんというか、
ここまで長い歳月かけて解像度をじりじりじりじり、クソじりじりのヂミヂミに上げてくんの、
すごいなほんとに。どういうことなの。やばくね?
初読は落丁を疑うほど意味不明だったのに、(笑)
ここまできて、こんなに感覚的に「あぁ~~」ってなるの、
ほんっっ……もう、は?何???
っていう、この気持ち。

赤目姫って意味不明すぎて再読してもあんま頭に残らなくて(笑)
毎回「また読まにゃ……」ってなるんだけど、
今回のリアどこ感覚を踏まえて再読したら、解像度さらに上がりそうなんですけどどうでしょう。


そして、そう、共通思考、
「シキの孤独を打ち砕くためのプログラム」ってやつ。
直前に四季シリーズ再読していて、
圧倒的に感じたのが「孤独」なんですよね。
あれはそういうシリーズですよね。
それを言ったら、すべFで既に、孤独は描かれていたけど。
四季が懐妊した時にも、娘が死んだ時にも、
というか人生のほとんどすべてで、
個人という人間と、その思考の、制約と不自由にぶつかって、孤独の極地に立たされている、
あれが、未来の共通思考へ繋がってるなら、
それが調和と融合の平和な世界だとしても、
なんて悲しいんだろうと思ってしまいました。
悲しいってのは、悲劇ではなくて、
なんていうのかなぁ、
哀憐……ひいては愛憐……みたいな、感じ。
流石に感傷に浸りすぎかもしれないけど。

なんか今まで、共通思考って、
めちゃくちゃすごい、スーパーハイテクミラクル超絶ヴァーチャルストラクチャ⭐︎みたいな、(?)
巨大で絶大で、すべてを飲み込むような、
どちらかというと、支配的な印象があったんだけど……。
リアどこ読んでから、
四季があの時囚われたものから、
そこで生まれた孤独や哀しみから、
どう解放されたかったのか?
うーんなんかちょっと違う……
共通思考が人々に何を許すのか?
どう癒えるのか?
みたいな?
「人っぽい」印象に色が変わった感じがする。
それにしたって、というかだからこそ、
やっぱりちょっと悲しいな。


今作は話としては四季が直接絡むわけじゃないのに、
読後感とても四季サーガなの、
単純に、うまい。これ結構すごいと思う。
四季じゃないけど超四季。
「矛盾が綺麗だって、言いましたでしょう?」
(これ超便利)

そんな感じ。
(終わりが急!!!!!!!!!!)